【今日のトリビア】富士山頂の所有者は、神社

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富士山は日本最高峰の標高をもつ山であり、古くより日本の象徴として君臨してきた。
平安時代には成立していたとされる竹取物語にも、富士山の名が登場している。

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その山頂は県境が未だに未確定となっており、2013年には静岡県・山梨県とも両知事が県境を定めないことを名言している。

山梨県と静岡県の県境にそびえ、日本のシンボルとして国民から親しまれている富士山。その山頂が山梨県、静岡県のどちらにあるかについては、これまでもしばしば取り沙汰されてきたが、未解決のままだ。
しかし、2013年に富士山が世界文化遺産に登録されたのをきっかけに、融和ムードが加速。山梨県の横内正明知事と静岡県の川勝平太知事は14年1月、県境を定めず富士山の保全に協力していこうと明言していた。

J-CASTニュース

 

その山頂には浅間大社(静岡県富士宮市)があり、神社が当時国有地であった山頂の所有権を求めて提訴、法定闘争に至った。

『甲斐史学』という歴史学会報がある。1960年6月1日発行の第10号は、歴史家・上野晴朗氏の一文を載せている。その中に、山頂所有権をめぐる論争が紹介されている。それによると、「新憲法で祭政が分離させられたため政府は宗教団体を国家的に保護できなくなった。そこで富士宮市の富士山本宮浅間神社が戦前に政府から無償貸与されていた富士山頂国有地は、国の管理に移った」という。

これに対して、同神社の佐藤東宮司は1948年4月28日、大蔵省に対して「富士山頂は本社が宗教活動をするうえに必要であるから八合目以上122万6千坪を譲与してほしい」という申請書を提出した。この国有地譲与申請をめぐって議論百出し、国民の関心を集めた。大蔵省はこの申請に対して、浅間神社が宗教活動を行ううえに必要な地域として4万5千坪を払い下げることにした。ところが神社側は「本宮、山宮、奥宮の3社が一体となって構成されているのだから、山頂(奥宮)は当然全域が神体である」として訴訟に持ち込んだ。

富士山NET

 

裁判は最高裁までもつれ込んだが、結局神社側の主張が通り、富士山8合目より上のほとんどが神社の所有地となった。

しかし1967年、二審の名古屋高裁は、公益上国有地とすべき土地を一審判決より増やした形で神社側を勝訴とした。そして、決着は最高裁に持ち込まれることになった。1974年4月9日、最高裁第三小法廷における判決は「いわゆる神体山として信仰の対象とされている山岳などは、宗教活動に必要なものに当たる」と述べ、神社側の主張をほぼ認めた形となった。判決の中で、国側が国有とすべき理由として挙げた「国民感情や、まだ具体的計画がない文化、観光など公共の必要性」はその主張を退けられた。

ただし、判決によって山頂は神社の所有地になったものの、気象庁の山頂観測所など国の必要な土地は除外しており、これら施設が立ち退く必要はなかった。

判決確定後、国と神社の間の手続きは長年宙に浮いていたが、2004年12月になって財務省東海財務局が、神社の所有権を認めた30年前の最高裁判決に基づき、土地を無償譲与する通知書を神社に交付した。譲与されたのは、富士山8合目以上の土地404万5800平方メートルのうち、富士山特別地域気象観測所(旧富士山測候所)や登山道、山梨県道富士上吉田線などを除く約385万平方メートル。

富士山NET

登山道を除く8合目より上は、富士宮市にある富士山本宮浅間大社の私有地であるが、県境と市町村境界は未確定である。

Wikipedia

 

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