【今日のトリビア】戦国時代、宇宙を目指した人物がいる

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世界初の宇宙飛行士はかの有名なユーリイ・ガガーリンである。
ガガーリンは1961年4月12日、世界初の宇宙飛行を成功させた。

しかしそれより遥か昔、1500年頃に宇宙を目指して飛行した人物がいた。
それは明の高級官吏、王富(ワン・フー)である。

方法としては、竹製の椅子に凧を付け、火薬の入った筒を47基取り付けたようだ。
結果はいうまでもなく失敗し、大爆発してしまったらしい。

ワン・フー氏。竹製の椅子に四七基の火薬ロケットを搭載して宇宙を目指した。

ワン・フー氏。竹製の椅子に四七基の火薬ロケットを搭載して宇宙を目指した。(三菱電機より)

轟音と煙とともに消えた男

〔略〕一五〇〇年ごろの中国。時は明王朝。人類初の宇宙旅行を企てた男がいた。竹製の特別あつらえの椅子に端然と腰掛けた男、その名は王冨[ワンフー]、明の高級官吏である。椅子の後ろには四七基の火薬ロケットがノズルをそろえ、凧が二つ、椅子を引っ張りあげている。四七人の苦力[クーリー]が一基ずつ、ロケットの導火線にマッチで火をつける。

「バーン!」

耳をつんざくような爆発音、つづいてモウモウたる煙。煙が晴れたとき、哀れな王冨の姿は残っていなかった。ただ淋しく、粉々になった椅子の残骸が王冨の運命を物語っていた。急いで駆け寄った人々はつぶやいた。

「ああ、王冨さんは天国へ行っちゃった」

王冨がニュートン力学をマスターしていれば、天国へ到着するのは早くて六、七分後と見積もっていただろうが、彼はたぶんその予定よりもかなり早めに天国に着いたにちがいない。それにしても、戦争の道具としてしか使われていなかったロケットで宇宙へ行こうという発想が独創的である。まだ幼かったロケット技術と運命をともにした最期だったともいえるだろう。

月面の南緯一一度、西経一三九度にあるクレーターに、この無茶なチャレンジをした王冨の名が冠せられていることを知る人は少ない。

――的川泰宣『宇宙に取り憑かれた男たち』(講談社+α新書 2000), pp.12-13.
ごたまぜ研究室

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